本吉町観光ガイド

 

 「田束山 秀衡が信仰した山」

【本吉のパワースポット?】  田束山は小泉エリアをはじめリアス式海岸を広く見渡せる位置にあり、悠久の昔から行者(山伏)が修行の場として利用し、かの弘法大師も修行したと伝えられています。 この付近は古くは「本良荘」と呼ばれ、特に金を多く産出していたため、この荘園を重要視していた藤原秀衡は、自身の四男「本吉四郎高衡」に管理させ、羽黒山清水寺、田束山寂光寺、幌羽山金峰寺などの七堂伽藍(主要な7つのの堂が揃った大きな寺)を造営するなど熱心に信仰したと伝えられています。 現在もその礎石は点在し当時を忍びながらの散策が楽しめます。また、観世音菩薩があまねく衆生を救う為に相手に応じて33の姿に変身すると法華経に説かれている事に由来する「三十三観音像」、衆生教化の為に七種の観音に変身し、七道に迷う衆生を救うという考え方から生まれた「七観音」が地域を見守っています。

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【経塚ー平安からのメッセージ】

山頂付近にある田束山経塚群は宮城県指定史跡とされています。 昭和47年7月の発掘調査で青銅製経筒が発見され、中には法華経十巻が納められていました。 平安末期(約800年前)に藤原氏によって作られたものと推定されています。 当時は末法思想がはやり、仏教が衰え世情が不安定になると経典が失われると恐れて、後世に貴重な経典を伝える為のタイムカプセルとして経塚を作り埋納したと考えられています。 経典は8世紀程の時を経て、多賀城市にある東北歴史博物館に所蔵されています

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【石像公園】

山頂付近にある石像公園には5mを超える大聖不動明王像(修復中)のほか、三十三観音、七観音があります。また、付近には綺麗に手入れされた「しあわせの森」「ふれあいの森」があり気持ちのよい広葉樹の森を堪能できます。ツツジやアヤメが咲き乱れる5月には「石像公園まつり」が開催されており、藤原氏の時代に修験者が山中で行ったとされる護摩祈祷が再現され、僧侶と山伏が願い事を記した護摩木三千本を炎に投じ、諸願成就を祈念します。

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【大谷海岸】

concept-img01111東北有数の海水浴場「大谷海水浴場」は東日本大震災の津波で大きな被害を受けました。その海水浴場の近くで全壊したペンションが高台に移転して営業を再開しています。「支えてくれた多くの人に恩返しがしたい」とご自身も「語り部」としての活動を始められ、まだまだ多くの事に挑戦していきたいと語る千葉さん。

【ペンションヴィラ・プチろく】

再開したのは「ペンションヴィラ・プチろく」。 JR気仙沼線小金沢駅近くの高台にあり、海を望む部屋が魅力です。 元の位置から南西に約3キロの場所に建てました。 再会のメドが立つまでは夢でうなされる日々だったのに、土地を提供する協力者が現れた日から うなされる事がなくなり、希望を持てることが以下に大きいか経験されたとのこと。 concept-img0111111

所在地  宮城県気仙沼市本吉町三島94最寄駅  大谷海岸TEL   0226-31-5623客室数:5(和室3、洋室2) 定員:16名 料金:1泊6,500円(税込/名)

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【道の駅】

mitinoeki11道の駅大谷海岸「はまなすステーション」は宮城県本吉町東部の国道45号線沿いにあり、JR気仙沼線の大谷海岸駅に併設されるような形で設置されました。道の駅南側すぐの場所には大谷海岸があり、夏のシーズンには大勢の海水浴客でにぎわっていました。また、はまなすステーション屋上には展望台があり大谷海岸をはじめとした道の駅周辺を見渡せていましたが、東日本大震災の津波で建物が大きな損傷を受け解体。現在は仮設店舗によって営業が再開されています。新鮮な海産物を提供してくれる定食屋さんなど地元の方も含め、復興に向けて着実に一歩ずつ歩き出しています。

【平安から続いた金産出ー大谷鉱山】

concept-img03112周辺地域における金の産出は前九年の役(1051年~)以前までさかのぼり、平泉の黄金文化を支えたと伝えられています。藤原氏四代の時代でも砂金を中心に、鷹の羽、馬などの貴重なものが朝廷側へ提供され、ある一定の自治が黙認されていたようです。1905年から開発の始まった大谷鉱山は、最盛期の1938年(昭和13年)には従業員1303人、坑道総延長55キロメートル、年間産金量1トン余を記録していました。第二次世界大戦中の1943年に休山となりましたが、戦後の1950年に操業を再開して、1951年以降は年間産金量400~450キログラムで推移したものの、埋蔵鉱量が枯渇した為、1976年に閉山となり、平安時代から続いた歴史的産業は、その幕を下ろしました。閉山後の鉱山跡地には、東京理化器械株式会社の宮城工場が建設され、また2005年(平成17年)4月1日には本吉郡本吉町(現・気仙沼市)が本吉町大谷鉱山歴史資料館(現・気仙沼市大谷鉱山歴史資料館)を設置しています。また当時のまま山腹に残されている坑道もあり、圧巻の光景が望めます。 [/vc_column_text][/vc_tab][vc_tab title=”津谷エリア” tab_id=”1363317109123-3-1″][vc_column_text el_position=”first last”]

【馬籠地区の伝承】

concept-img011211馬籠地区は古くから交通の要衝として情報・文化の流通がありました。東は小泉、南へ行けば清水浜・歌津、そして西へ行けば平泉と佐沼につながります。田束山への信仰はもちろん、金の産出もあった本吉は、それだけで多くの人々が古の時代から行き来した事は容易に想像できます。馬籠の里山にはその痕跡が多く残り、今に伝えられています。「馬籠」の地名も文字通り「馬」を多く産出し朝廷へ年貢として納めていた痕跡でしょう。藤原氏から朝廷への年貢に馬が含まれていた事は古い書物にも明らかです。また、馬籠の山中で馬肉を餌に鷹を誘き寄せて捕まえるという方法で鷹狩りを行い、矢尻用として精度が上がると重宝された鷹の尾の羽を100本、年貢として納めていたと言われています。「馬」「鷹の羽」「金」の3つが価値のあるものとして朝廷に納められ、藤原氏が行う奥州の自治に大きく貢献していたのでしょう。また、燃料(炭)としてのクヌギも多い土地で、製鉄が産業として発展し、そこから名付けられたと考えられる「平椚」や「炯ヶ沢」という地名も見受けられます。近代では宮城県で初めての小学校として「馬籠小学校」が設立された伝統ある小学校です。当然、校舎は何度か変わっていますが、旧校舎は馬籠幼稚園として現存し、時代を感じさせる佇まいを今も醸しています。「ほっこり」する里山の風景の中に、多くの歴史を感じる事ができます。

【浄勝寺】

concept-img0212建仁元年(1201)佐藤継信、忠信の母尼公によって、天台宗海沢山養光寺として創立されました。尼公亡きあと寺は荒廃、万治元年(1656)仙台善応寺通玄和尚の弟子貫宗によって中興し、臨済宗の寺になりました。寺内に、継信・忠信の五輪の塔があり兄弟の木像が安置されています。 佐藤継信・忠信兄弟は、平泉の藤原秀衡の配下の豪族佐藤基治の子息です。義経が頼朝の軍に合流した際に義経の軍に加わり、大いに功績を挙げ、剛勇を称えられました。兄継信は、屋島の合戦(1185年3月)で平家が放った矢から義経を守って亡くなりましたが、継信の死は源氏方を勝利に導くことになりました。弟忠信は、義経が吉野に逃れた際、待ち伏せて僧兵と戦い、無事主従一行を脱出させましたが、後に六條堀川の判官館で攻められ、壮絶な自刃を遂げました(1186年1月)。その後、無事奥州に下った義経は、平泉に向かう途中、基治に継信、忠信の武勲を伝え、追悼の法要を営んだと言われています。義経記には、義経の平家討伐に関する記述はごくわずかしかなく、継信の戦死の場面に関する記述はありませんが、忠信の活躍と死については、ハイライトとして扱われています。 【五十万株のツツジー徳仙丈山】 東北百名山の一つ標高711メートルの徳仙丈山は、5月中旬から6月中旬に可憐なレンゲつつじとヤマつつじが一斉に開花し、毎年6月初旬にはツツジ祭が開催されます。その数推定五十万株の群生つつじは、世界に類を見ない規模で、何回にもわたる伐採や火入れに耐えて萌芽し、みごとな株になったものです。耐え続けた花の思いが山の八合目より頂上までの全体を紅に染め上げます。尾根道につけられた防火帯そのものが登山道として利用されており、山頂まで快適に登ることができ、登山道そのものがつつじ庭園の散策路といったおもむきです。山頂からのパノラマは正に絶景で、北に室根山、西に雄大な栗駒山、東に目を向ければ、コバルト色の太平洋に浮かぶ金華山が見られます。尾根道につけられた防火帯そのものが登山道として利用されておりツツジ庭園の散策路といった趣きです。山頂からのパノラマは正に絶景で、西に北上山系の山々、東にコバルト色の太平洋、そして海上に浮かぶ金華山が見られます。 motoyoshi_web201motoyoshi_web181

【濃厚牛乳ーモーランド本吉】

concept-img0312本吉の海岸から7kmほど山に入った、太平洋を望む小高い丘陵地に、52ヘクタールの緑豊かな牧草地が広がります。ホルスタインがのんびりと草を食べ、野鳥のさえずりが訪れる人を迎えてくれる静かな放牧場です。春から秋にかけて、町の酪農家から預かった60頭ほどの牛たちが、ここでゆったりと成長します。 場内には、ポニー、緬羊、ウサギとふれ合う広場があり、また、急な斜面を利用して全長123m、高低差20mのローラー滑り台などのアスレチック施設も設けられていて、子ども達に人気です。広い草原でのバーベキューは開放感いっぱい。毎年秋に開かれる「モーランドまつり」にはたくさんの人が訪れ、楽しいイベントも行われます。まきばのがっこうでは、小動物とのふれあいや観察ができます。また、ポニーの乗馬体験や乳牛の乳しぼり体験(4月~11月の第1日曜日)などが楽しめます。研修棟では、バター、カッテージチーズ、アイスクリーム、ソーセージの手作り体験(1週間前予約)ができます。牧場の中にある『ミルクハート館』は、消費者と生産者を結ぶ交流の場として建てられた、乳製品工場です。ここでは町内で生産された新鮮な生乳を使い、牛乳、アイスクリーム、ヨーグルトなどが製造されます。また、ヨーグルト、アイスクリーム、バターの手作り体験加工も楽しめます。(要予約)ミルクハート館のとなりには、レストラン『べ~ごこハウス』があり、ここで生産された乳製品や焼き肉などが味わえます。また、畜産に関する様々な資料も展示されています。レストランのテラスから見るパノラマは開放感に溢れ壮快です。 button2   motoyoshi_web41motoyoshi_web21   [/vc_column_text][/vc_tab][/vc_tabs][/vc_column][/vc_row][vc_row][vc_column][/vc_column][/vc_row]

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